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相変わらずのウォシャウスキー作品:『ジュピター』

ツイッターのミニレビューから
「ジュピター」を鑑賞。マトリックス以降、観客のニーズと本人らが作りたいものにズレがあったウォシャウスキー姉弟だが、ようやく普通に楽しめる作品を完成させた。だがあまりにも普通すぎて敬遠する人がいるのも事実。作品を一言で言うならスペースオペラだ。宇宙を舞台にした冒険活劇。
しかしスター・ウォーズのような壮大な叙事詩を描いたものではなく、宇宙の危機を救うためにヒーローとヒロインが活劇を繰り広げるという、ややファンタジックな味付けのある物語。史実的扱いのSWとは違い空想冒険活劇の色が濃い。ガーディアン・オブ・ギャラクシーもその類に入る
空想SF冒険活劇にそこまで凝った物語は必要ではない。特にジュピターはそれが潔く、本当に物語は単純明快だ。ヒーローとヒロインの関係も思った通り。要はビジュアルで楽しませてくれたらそれで良いのだ。そこは合格点。宇宙を舞台にした物語とCGの相性の良さは格別だ。
驚きの少なくなってきている最近のCG映像だが、まだまだ胸をときめかせてくれるものがあるのだとSF映画の可能性に夢を抱かせてくれる。今年公開される新スターウォーズは果たしてどんな夢を見せてくれるのだろうか。
ここからはミニレビューの補足
木星
ミニレビューではかなり良い印象のように書いたが、正直、誰それかまわずオススメできるものではない。
確かに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は世界的に大ヒットしたがあれはマーベル映画であったからこそだ。アベンジャーズで多くのマーベルヒーローが共演したようにガーディアンの世界観もそれらと共通しておりいずれ共演する可能性を秘めている。そしてそのための布石をそれぞれの作品ごとに散りばめているのだ。
それに対して『ジュピター』は完全オリジナルだ。今時ひじょうに珍しい。宇宙を舞台にした冒険活劇なんて大ヒットするとはとても思えない。まあ確かに宇宙を舞台にした映画はありますよ『トータル・リコール』や『スターシップ・トゥルーパーズ』や『エンダーのゲーム』とか。でもそれら映画のようなものではない。巨大なトカゲに翼が生えた姿の宇宙人など先に述べた映画には登場しない。やはり『スター・ウォーズ』と同じ系譜に位置する。でもそれも同列にするのは失礼な話し。
そんな映画を作ることによく製作会社がOKを出したものだ。しかも作る作品作る作品がことごとくヒットに恵まれないウォシャウスキー姉弟監督の作品。
M・ナイト・シャマランと同様にハリウッド業界の七不思議の一つだ。失敗するとしか思えない作品によく何十億もお金を出すなあ。
確かにクリエイティブ性は認めますよ、毎度毎度オリジナルの違う作品を作ってるわけだし。だからってそれが面白いとは限らない。漫画週刊誌で連載するごとに直ぐに打ち切りになる漫画家と同じようなもんだ。でも漫画はあくまでも個人作業、失敗の責任は基本的に作家一人が取ればいい。しかし映画は違う、数百人という人間が作業に携わっているのだ。失敗すれば彼らの努力と想いが泡と消えてしまう。
今回の映画を見れば分かるが、CGや美術や衣装などは本当に凝っているのだ。おそらくスタッフの中には映画に疑問を持ってる人間も多いはず。しかしそれら映像が素晴らしいのは、スタッフそれぞれが自分の手掛ける仕事に自信と誇りを持っているからだ(お金を前払いされてるといった理由もあると思うが)。だからこそ作品が失敗した時のことを思うと報われない。出来る事なら映画が絶賛され大ヒットしてほしい。そうなればそれが名刺となってスタッフの今後の仕事にも繋がる。
そんなリスキーな部分を多く抱えた作品が作られるという謎。ウォシャウスキー監督らにはそこんところを考えて映画を作ってほしいなあ。あとはなによりも、先ずは観客のことを考えて映画を作ってもらいたい。
そんな映画ばかりだと芸術としての映画文化が衰退していくことも分かってるけど。そうなってしまうと世の中マイケル・ベイが作るような映画ばかりになってしまう(笑)
とは言っても、今回の新作はこれまでと比べてかなり敷居が低くて誰もが普通に見れるレベルになっています。
だが敷居をめいいっぱい低くしたせいであまりにも普通すぎて退屈な内容になったのも事実。
どこかで見たアクション、どこかで見たエイリアン、どこかで見た宇宙船、どこかで見た話し、どこかで見たラブストーリー、すべてがそんな感じなのだ。
作りたいものを作って個性を出すととやかく言われる、誰でも見れる映画を作ったら作ったでまた文句を言われる。なんとも扱いが難しい監督である(笑)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

格闘映画好きなら必ず見よ!:『ウォーリアー』の感想

ツイッターの映画ミニレビューから
「ウォーリアー」を鑑賞。間違いなく数年に一度の名作と断言する。及び格闘映画としても映画史に残る作品だ。全米で巨大な総合格闘技大会が開催されそれに二人の兄弟が出場する。その戦いがとにかく凄まじく、これほどまで痛みと激しさと興奮を感じる格闘シーンを他の映画で見たことがない。
兄は物理の教師となって幸せな家庭を築き、弟は酒に溺れた父の元を母と二人で立ち去り母亡き後は軍へと入隊する。幼い頃に二人揃ってレスリングの教育を受けたがそれ以降は格闘とは無縁の人生を歩んでいた。だが二人は大会に出ることを決意する。その理由こそが戦う原動力だ。
兄は愛する者を守るために、弟は行き場のない怒りを拳に込めて相手と戦う。それが互いのファイトスタイルとなってかつてない戦いを繰り広げる。全身全霊、魂のぶつかり合いとは正にこのことだ。彼らの心と体の痛みが映画を見る側にも伝わってくる。
そしてこの映画は、父と兄と弟、彼ら三人の魂の救済の映画でもあるのだ。最後に全てが浄化され三つの魂が一つになったとき、自分は溢れる涙と心の震えを止めることができなかった。ぜひこの感動を体験してもらいたい。

ここからはミニレビューの補足
戦士a
この作品は2011年作品です。主人公兄弟の父親を演じたニック・ノルティはこの役でその翌年のアカデミー賞で助演男優賞を受賞しました。
自分のせいで不幸な目をあわせてしまった妻や息子達に罪悪感と後悔を感じており彼もまた人生に苦しんでいる。酒を断ち真っ当な人間に変わったと説明しても息子たちは彼を許しません。その姿は哀れの一言です。そんな人間をニック・ノルティは見事に演じています。
戦士d
それと同様に素晴らしい演技を見せてくれるのがトム・ハーディです。
酒浸りで暴力的な父親の元を母と二人で立ち去り、彼は病気で苦しんだ母の死を看取ります。
そのため彼が父親に抱く恨みは相当なのだ。
でも彼は父の元へ帰り格闘技大会に出場するために昔と同じようにトレーナーになってほしいと頼む。彼の父親に対する恨みは凄まじいはずです、おそらく殺したいほどに。なのに頼んだ。そこには、母に死なれたあとの彼の人生が関係していた。そしてある目的を絶対に叶えなければならなかった。だからこそ父親にトレーナーを頼むのだ。
しかし父を許したわけではない、その手で触れられることさえも拒み、父をまるでゴミを見るような存在として扱う。
そんな彼だが、時に後悔の顔を見せる。恨みしかない父なのになぜこんな気持ちになるのか。
そこにも理由があり、トム・ハーディは主人公の抱えるそれら複雑な内面を見事に演じ切っている。
戦士b
戦士c
それはもう一人の兄弟を演じた役者にも言えることで、これほどにバラバラになった親子が戦いの果てに最後に一つになる姿は本当に感動的だ。
今も思い出しながら鳥肌が立ってくる。
これほどの傑作なのになぜ公開されずにしかも今頃ソフトがリリースされるのか。
おそらく、トム・ハーディが主演した『マッド・マックス:怒りのデス・ロード』が関係してるんでしょう。マッド・マックスがなければ生涯リリースがなかった可能性が高い。
実は日本ではこんなパターンが多いんですよ。他にも沢山の未公開作品が存在している。
話題性のある作品公開とその吹き替えにタレントを起用するのも良いが、映画ファンが本当に見たい作品を劇場で上映してほしいものである。

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絵画界の佐村河内 守物語:『ビッグ・アイズ』

ツイッターの映画ミニレビューから
「ビッグ・アイズ」を鑑賞。ある一人の画家が描いた絵画がアメリカで大流行になるが、実はそれは全て画家の妻が描いた絵だったという実話。監督はティム・バートン。つまりは、佐村河内守が起こしたあの騒動と全く同じ事件だ。しかし画家のそれと比べたら佐村河内など可愛いもんだ。
妻を言いなりにし、世間を欺き、そうして富と名誉を手に入れた画家の悪行にはハラワタが煮えくり返る思いだ。その憎むべき画家を名優クリストフ・ヴァルツが完璧に演じている。憎いけどどこか愛嬌のあるキャラになっているのも彼だからこそ。その彼の芝居が最高潮に達するのが最後の裁判シーン。クリストス・ヴァルツ劇場オンステージと言っても過言ではない。もう腹を抱えて爆笑が止まりませんでしたw
果たして真実は暴かれるのか。ラストは痛快の一言です。実話の驚きと共に改めてビッグアイズの絵に魅了された作品でした。

ここからはツイッターレビューの補足
アイズ4
映画は、とにもかくにもクリストフ・ヴァルツが演じるキャラと彼の芝居の面白さに尽きるでしょう。
とにかく登場した時からうさん臭さ爆発で、口の上手さだけは達者なんです。それで奥さんが騙されてしまう。
でも思うんですよね、一緒ににいて彼が詐欺師だとまったく分からなかったのかと。後半で彼の素性がバレますが、一緒に並んで絵を描いてる時期がありましたから直ぐに分かるはずなんですよね。そこでも上手くだまくらかす。それがかなり苦しい言い訳なんですよ。映画を見てる人もそこで直ぐに気づくはずです。

アイズ2

その苦し紛れの嘘が全開になるのが最後の法廷シーン。弁護士にも見放され遂には自分で弁護士を演じて自分で自分を弁護するわけです。偽絵画師の次は偽弁護士になってしまった(笑)この思いつきは以前にテレビで見た弁護士のドラマがきっかけです。
弁護士になりきって嫁を尋問したり、しまいには証言台に座って自分の正当性を証言するしまつ。そこで自分の噓偽りの過去を自慢げに語る彼の姿にさすがの裁判長も呆れて怒ってしまいます。(笑)
でも思いません?ここまで長々と裁判を引っ張ってきて、そんなことよりも早々と決着をつける手段があるだろうと。
その通り、それが映画のクライマックスとして登場します。
そして偽画家の最大の見せ場もここ。その全身全霊をかけた満身の嘘にぜひ爆笑していただきたい(笑)
本当に、なぜこんな馬鹿に嫁は騙され長年言いなりになってきたんでしょうか。
ちなみに、この偽画家は今でも自分は本物の画家だと主張しているそうです。でも一作も自分の作品を発表してないそうだ(笑)


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トムは人間なのか?:『ミッション・インポッシブル:ローグ・ネイション』の感想

『ミッション・インポッシブル:ローグ・ネイション』を観賞。
いつものブログなら、シリーズものだとこれまでのおさらいだったりちょっとしたうんちくを長々語るんですが今日は違います。(笑)
大体そういう場合は見た作品に不満があったりするんですよね。はっきりとつまらないと一言で言えばいいのに自分の見解に自信が無いのか、なんとか肯定できる材料を探そうとする。まあ色々とうんちくを語ったり分析をするのが好きっていうのもありますけど。
でも今回は冒頭からはっきりと断言します、この映画は面白いと。文句なしに面白かった。その兆しは前作からあったんですけど。前作も十分面白かったんですが、新作ではその好評だった部分を更に練り上げて行ったといった感じです。
物語の方向性を決定するトム・クルーズのプロデュース力もさることながら、監督のクリストファー・マッカリーの能力も大きかったと思います。『ユージュアル・サスペクツ』で脚本家としての才能は知ってましたが監督でもここまでの能力を発揮するとは思いもしなかった。
毎回違った監督を起用するのがMIシリーズの決まり事ですが、その決定権もトムであり、ここでもトムの目利き的才能が発揮します。
ではその面白さが何であるのかと言うと、トムを中心としたチームプレーです。新作ではそれを強調した内容になっていて、それこそが今後のMIシリーズの柱になるものだと強く宣言しているのです。
映画は冒頭、IMFの解体宣告から始まります。スパイ活動が最も盛んに行われていた冷戦時代はすでに過去のものになり、現在はコンピューターや衛星といったハイテク機器が世界の脅威を監視しているのだ。人員による無駄な労力や被害が少なくてすむ。
だがイーサン・ハント率いるIMFチームはそのまったく逆で、彼らは毎度、犠牲と多くの破壊を伴う敵との戦いを強いられる。それが一番酷かったのが前作のゴーストプロトコルで、ソ連のクレムリンが爆発で崩壊してしまったほどだ。
別に敵との直接的な戦いのせいでそうなったわけではないがCIAはそうは見てくれない、責任を押し付ける思惑もあるのだろう。だが自分は見ながら長官の言葉に大いに納得してしまいました、なるほどと。
そう言えばそうだ、これまでの彼らの活動は全然スパイらしくなかった。特に2。あれなど単なるジョン・ウー映画ではないか(笑)ジョン・ウーのアクション映像美学に酔う映画でしかなかった。まあそれに酔っていた我々にも責任があると言えばあるんだが。
3では橋がミサイルで爆破されて敵と派手な銃撃戦をやらかすし、その際は周りにいるたくさんの一般人も巻き添えにした。一番スパイ映画らしかったと言われていた1でさえも特急列車とヘリコプターのチェイスで大きな損害を出してる。
彼らのいる所には常に大きな危険が伴い被害が発生する。CIAにとっては彼らは疫病神以外の何者でもないというわけだ。
つまりは、スーパーマンやウルトラマンと同じような存在ということです。街を破壊しながら戦う彼らも周りに迷惑をかけまくってるじゃないですか。だからこそのIMFの解体宣告なのです。
この冒頭のくだりで自分は映画の成功を確信しました。この発想は非常に面白い。それが物語が進むに従って、IMFの必要性が浮き彫りになって行く。この大迷惑集団こそが今の時代に必要なのだと。
おまけに今回の敵はイーサンとは表裏一体と言える存在だ。この敵の犯罪動機が諜報機関の存在意味を問いただすものになっており、その答えがイーサン率いるIMFという仕組みになっている。
その答えに導くのは容易ではないが、映画の面白さを見ればそれが成功したことが分かるだろう。ともかく面白いのだ。こんな凄い活躍を見せられたらこれまでの彼らの行いを許せるばかりかこれからも頑張ってくれと応援したくなる。胸をすく活躍の連続に興奮しっぱなしだ。それがチーム一丸になっての活躍であるのがさらにIMFの必要性を明確にする。
笑いの要素が多分にあるのも良い。彼らの掛け合いが本当に面白くて、これもチームプレーなればこそだ。実際劇場でもかなりの笑いが起きていた。
チームプレーとしての面白さが十二分にありながら、トム自身が行うスタントアクションもこれまで以上に輪をかけたものになっているのも凄い。しかも予告にもあるあの、空を飛ぶ巨大輸送飛行機にしがみつくトムが冒頭の掴みのアクションであったことにも驚いた。てっきり中盤かそれ以降にある映画一番の見せ所と思っていたので・・。映画には、それと同じくらいにハラハラドキドキするアクションがてんこ盛りなのだ。トムは正真正銘の不死身人間なのでしょうか。
これらの活躍を経て、トムはチームを率いながら最後に強く宣言します。その言葉からは、ここから新しいミッション・インポッシブルが始まるといった強い意志を感じます。そして俺たちはまだまだ暴れるぞと。なんと言う自信、そしてこのシリーズにかけるトムの熱い想い。
その想いは早くも次へと移っています。もう次の企画が動きだし来年の夏に新作の撮影が始まるそうです。
毎回違った監督を起用する作品ですから残念ながらクリストファー・マッカリーは退場になりますが、プロデューサーとして、そしてこの作品に並々ならぬ熱意をかけるトムのことですから、次も才能のある監督を起用して作品を面白いものにしてくれるでしょう。
CIAのお済みつきをもらった今、これからのIMFの暴れっぷりに大期待です。

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ラプトルかっこえ〜:『ジュラシック・ワールド』の感想

『ジュラシック・ワールド』の全米興行収益がとんでもないことになっている。あのアベンジャーズを抜いて留まる事を知らない快進撃を続けているのだ。その勢いは歴代最高の『アバター』に迫る勢いだ。この大ヒットの理由はなんなのか?もちろん第一作は映画史に燦然と輝く記念碑的な作品だった。それ以前は水や金属などの無機質な物体を描くことしか出来なかったCGが初めて生物をリアルに描いた作品だったからだ。22年前の作品だが、そのクオリティは現在の作品と比べても全く見劣るところがない。公開前夜にもう一度見直して感じたことだが翌日に新作を見てより一層確信した。
確かに生物をリアルなCGで描くことに成功したが仮にそれが恐竜ではなく他の生物だったとしたらあそこまでセンセーショナルなものにはならなかっただろう。やはり数億年前に滅びた恐竜を現代に蘇らせたからこそだ。
しかし人間の技術の進歩と慣れとは恐ろしいもので、一旦その技術が公開されるや否や、急加速的にCGレベルが向上して行く。もう再現出来ないものがないといっていいだろう。
そうなると、もう驚きは存在しない。昔のSF映画のリメイクが今盛んに作られているがそのどれもが凡庸的で良い感想をもった覚えがない。作品の出来そのものもあるかもしれないがバトルシーンにCGが多様されたせいでそう感じる部分があるのかもしれない。ED209なんて絶対にストップモーションアニメのほうが味がある。
昔の特撮には作った人の創意工夫の努力が感じられて特定の特撮アーティストに敬意を持てたものだ。スタン・ウィンストンやロブ・ボッティンやフィル・ティペットなどがそう。
実はそのような時代の流れに異を唱えて見直そうとする向きが最近にはある。昔ながらの人の手で作った模型と最新の技術を組み合わせるといったものだ。実寸の模型で再現可能であるものならできるだけそれを使っていこうという意識が高まってきている。特にそのような映画で育ってきたマニアックなこだわりのある監督ほど意識が高いようだ。ダークナイトやインターステラーのクリストファー・ノーラン監督もその一人で、劇中で登場する車や戦闘機や宇宙船などは実寸大の模型やスケールを小さくした模型を使っている。中には実際に機能するものも存在する。インターステラーに登場したロボットも実寸だ。
今年の暮れに続編が公開される『スターウォーズ』もそうだ。J・Jエイブラムス監督はエピソード4〜6の再現を目指していて実寸大の宇宙船やセット、特殊メイキャップをした被り物の宇宙人にこだわる。
後々に語られる作品とはそんな創意と熱意が感じられる作品なのだ。そうでしょ?昔の特撮セットの写真とか見ると楽しいじゃないですか。
しかしCGになるとそれを感じられなくなってしまう。作れて当たり前、いや作り手の姿、作られたといった意識さえ感じることができないだろう。実はそれはそれで大変な労力であるが、その労力を思って感動したりはしない。あの『ジュラシック・パーク』の続編までもだ。あの感動が僅か数年ばかりで見るも変わり果ててしまった。
そして初めての公開から22年、新作が再び帰ってきた。
その間に公開されたCG映画は数知れない、もちろん技術的な向上も含めて。
『ジュラシック・ワールド』のこの大ヒットはCGで再現された恐竜の凄さなのかと一時は考えはしたが前の説明から察するにその可能性は低いと言える。
もしくは、前回からかなりの年数が経っているので劇場でジュラシック・パークを体験したことがない若い世代がスクリーンの中に蘇った巨大な恐竜の姿に感動したのか。
しかしそれだけではここまでの大ヒットに繋がった理由を説明するには少々弱い。もっと他に決め手となるような理由があるはずだ。
これまでメジャー作品を撮ったことがない、それもごく小規模な低予算作品を作ってきたコリン・トレボロウ監督がいきなり大作に抜擢された理由も分からない。しかもこういった作品とは縁のない監督と言える。ゴジラの時とはわけが違うのだ。もしかしたらここに大ヒットの鍵を見つけるヒントが隠されているのかもしれない。理由がなければ抜擢されないからだ。
そんな様々な想いを胸にいざ映画に挑んだわけだが・・
いきなり言ってしまうと、正直なぜここまでの大ヒットに繋がったのか分からないんですよ。実際に見ても全く分からなかった。凄いと思えるような決定的な決め手がない。ただことわっておくが、別にヒットしない、面白くないと言っているのではない。この異常なまでの大ヒットに、そこまでの作品とは思えないだけだ。
映画は、前作の島での騒動から20年以上が経った話しで、既に島はパークとして正常に機能して多くの観客達で賑わうアトラクション施設になっているんです。
しかし島では、スポンサーや運営者、軍の人間が絡む利権的欲望が渦巻いていて、その結果、より刺激のある、より力の強い恐竜が求められ誕生することになります。
この辺りは一作目から変わるものがないと思います。多くの企業がそこに利用価値を見出して裏で画策する。
そんな思惑が結果どんな事態を招くのか。人間の愚行は繰り返されます。それは人類の歴史が証明している。再び恐竜達が外へと放たれ人間達は恐怖に晒されるのだ。
一作目をなぞらったのはそれだけではない。主要な登場人物達が置かれる状況もシリーズを踏襲したものになっている。事の発端とシチュエーションが一作目からアップデートされたといった印象なのである。
別に機を狙った内容ではなく、非常にオーソドックスな作りだ。時間的な経過を考えるとパークの開園も当然の出来事と言える。実際その光景を見てみたいとも思えるし。それこそ現在のCG技術が最も活かされる場だ。
そうあって然るべき物語と一作目を踏襲した展開、そこには別段目新しく驚きのある内容はないと言える。
監督は原点回帰とも言ってますが、おそらくその狙いは別にもあるのではないかと考えます。
監督は今後の展開としてパークの外に広がる話しを考えてるそうです。恐竜が様々な世界で様々な利用をされていることも示唆しています。その過程で多くのタイプの恐竜が誕生している可能性もあるでしょう。それは今回の映画を見れば明らかで新しく生み出されたインドミナスレックスは多くの生物達の細胞が組み合わされた多種多様な能力を有しています。その布石として今回のような物語にしたのではないでしょうか。いきなり外の世界の話しにしたのではあまりにも唐突すぎる。一作目を知らない人もいるでしょうし先ずは下地をしっかりと作ってから、分かりやすく段階を経て次に、そんな考えもあるのではないでしょうか。
確かにオーソドックスな作りではあるが、だからといって退屈するものではない。パークには数万人の人間がいてそこに獰猛な恐竜が放たれるわけだから、そこにはパニック映画としての恐怖とスリルが十分にある。だがそれもそうなって当然といった想定の範囲内でそれ以上のものはない。実はそこが監督の腕の見せ所と思っているのだが、自分にとっては思ってた以上のスリルを感じなかったようだ。個人的には恐怖や残酷性がもっとほしかった。
ストーリーなどは端から期待してなく、恐竜が暴れてなんぼの映画と考えてるから、そのような期待をしてしまうのだ。でもそれも贅沢な話しなんですけどね、強い刺激のある映画を長年見続けてきた結果がこれなんですから。いつの頃からか純粋に映画を楽しめなくなってしまった。おそらく多くの人間が『ジュラシック・ワールド』を楽しめるはずです。
しかしこんな自分でも興奮した個所があります。予告にもありますが、敵を倒すためにラプトルと人間が強力して出撃するシーンです。最も苦しめられたかつての敵が今度は心強い味方として登場する。ターミネーター2と同じ原理ですよね、このシチュエーションが最高に熱いんです。
実はこういったシチュエーションがシリーズの今後の流れを左右するのではないかと思います。ラプトル達を飼い馴らす事に成功した主人公のオーウェンが言うんですが、自分は訓練して飼い馴らしたのではなく彼らと対等の関係を築いただけなのだと。信頼関係があるからこそ共に行動が出来ると話すんです。
この信頼関係は最後のラストバトルでも熱い展開として活かされます。詳しくは語れませんが是非ともそこは期待して見ていただきたい。目を輝かしながら興奮すること間違い無しですから。22年間待ったかいがあったと思える内容になっています。あの方にとってもまさに待ったかいがあったといった見せ場です。もうこれ以上は語れません(笑)
数々の謎を残しながら映画は次へと繋がって行きます。コリン・トレボロウ監督が言うように、果たして物語りは島を出て新たな展開を見せるんでしょうか。自分達が知らなかった世界と誰も予想し得ない物語、そんな映画を次に期待したいと思います。
最後に、なぜここまでの記録的大ヒットになったのかについてですが、やはり分からないんですよ、前にも言ったように決定的な何かがない。でも前作をリアルタイムに見てない人にとっては相当なインパクトになるのは確かです。20年という長い年月がそういった人間を作ったということでしょう。そしてみんな恐竜が大好き(笑)

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町山智浩さんのこれからが心配です:『進撃の巨人』の感想

『進撃の巨人』が公開前からとんでもない騒動になってます。
海外でのプレミア上映の評判が良い。その後日本で行われた試写でもそれを見た観客の良い評価がツイッター上に次々と上がっていく。自分が見たものは脚本を担当した町山智浩さんがリツイートしたものばかりであるが。
あとあとの騒動を考えるとそれも必死のリツートだったのかな、と思えなくもないですけど。
町山智浩さんが作り編集長を務めた雑誌、映画批評に寄せられたコラムニスト達の論評も総じて高評価。だだ一人、現編集長だけは厳しい意見ではあったが。これも彼だからこそ言えたことなんでしょう。
しかしその流れは公開直前で変わる。その発端は映画評論家の前田有一の映画評でした。その内容はこの評論家らしくかなり辛辣なもので世間の評価とは全く反対のものでした。点数は100点満点中40点です。でもこの人の評論を見てたら分かると思いますが結構よくあることなんです。他の話題作であろうと容赦なく扱き下ろしますから。
自分も前田有一の評論をよく見ますけど実は的を得た内容のものが多いんです。しかしあまりにも配慮がなさすぎる。一般人が世間話で映画を語るのと一緒です。僕らだって好き勝手に酷いこと言うじゃないですか。それをプロがやってしまったらとんでもないことになってしまう。様々なメディアを通して多くの人間がその評論を読んだり見たり聞いたりするわけじゃないですか、その影響は相当にあると言えます。だから彼は業界関係者の敵が多い。映画会社や試写会場からの出入り禁止を食らっているそうです。
ある一つの映画ラジオ番組がありました。『アシッド映画館』という番組でその内容はまさに前田有一の評論スタイルと同じものでした。そして10年ばかり続いたその番組はある日突然終了することになります。はっきりした原因が告げられないまま。
それとほぼ同時にもう一つの番組が突然終了します。『サイキック青年団』という番組です。芸能、音楽、政治、スポーツ、映画や漫画やアニメといったサブカルチャーなど、取り上げるテーマは多岐に渡り、番組はそれらをマニアックでディープな視点で語るものでした。なにも恐れるものがないといった語り口で。それはもう、誰がホモだ誰がズラだと言いたい放題の番組だったんです。
『サイキック青年団』と『アシッド映画館』は姉妹番組として知られていました。両番組のパーソナリティ同士の親交は深く番組間での行き交いもありました。その二つの番組が同時に突然終了した。
様々な理由の憶測が飛び交っていますがそのほとんどが関係者の怒りに触れたといったものでした。それも相当な有力者からの。
映画評論家の前田有一はそのような業界で飯を食っているのです。書いてる内容は誉めたものではありませんが勇気だけは誉め称えてあげたい。
でその前田有一の評論に激怒したのが『進撃の巨人』の樋口シンジ監督だした。
「誰がこんなやつに試写状を送りやがった!送った宣伝担当の馬鹿野郎が!」
その発言が公開の前日です。
しかしそれは本人が意図してネットに公開したものではなく第三者の何者かが知人しか見る事が出来ないようになっている非公開の文章をコピーしてネットに流出させたものでした。つまりは、内部犯の色が濃い。
そしてこの発言が元になって炎上が始まるのです。
そのほとんどが監督への批難でした。そりょそうです、どんな人間であろうと見る権利だけはある、それをあの野郎呼ばわりです。しかも宣伝担当のことも汚い言葉で罵っている。これまで映画をヒットさせるために一生懸命に頑張ってきた宣伝の人にそんな言葉を言っちゃいけない。
だがその後状況が一変。実は招待状は送られてはなくて前田有一が何か特別な方法で試写会場に無断で侵入したか人からの見聞きで憶測で評論を書いているということが判明したのです。
完全に形勢逆転です。今度は前田有一に一斉に批難が集中します。
これが映画公開前日に起こった騒動です。どうですか?もうなんだか初めから仕組まれたようなシナリオ通りの劇的な騒動でしょう?いろいろと勘ぐってしまいます。
だが騒動はまだ終わらない。ここから本番なのです(笑)ここからが真の地獄が始まるのだ(笑)
ここから自分が見た映画の感想です。
自分は漫画とアニメを見ていた人間です。特にアニメにはハマりました。正直漫画は作者の漫画家としての技術的な力量不足のせいで首を傾げる部分が多々ありましたが、アニメはそれを補って、ドラマ、アクション、全ての演出において原作を上回るものでした。アニメだからこそ表現できる要素が多かったのも作品が成功した理由でしょう。そして音楽もとてもよかった。音楽が作品の面白さをさらに底上げした感じです。
アニメだからこそできた、これが『進撃の巨人』を評価するものならば、では実写版はどうなのか、それが自分にとっての評価の分かれ目になります。
例えば登場人物達が装着する立体機動装置です。装置から射出したワイヤーで空を飛んで巨人と戦うのが進撃のアクションです。ようはスパイダーマンと同じですね、スパイダーネットで空を縦横無尽に飛び回るアクション。
それを生身の人間がします。普通ならそんなアクションは考えられないわけですよ、物理的に不可能。でもアニメなら可能なわけです。スパイダーマン以上のアクション演出を見せることができる。それが手描きアニメの良さなんです。特に日本はそういった技術に長けていています。アニメ版の進撃の巨人はそれがとてもよく描けていた。
それと同じものを実写版に求めるのは不可能な話しです。いや同じ見せ方をしようと思えば可能だけど生身の人間がすると一層現実離れして逆に滑稽に見えてしまいます。やはりアニメだからこその映像表現です。
そうなると必然的に優劣が決まってしまう。
では作品の最大の特徴である巨人の表現はどうなのか。巨人に補食される恐怖や絶望をどこまで原作に迫れるのか。これに関しては、表現の規制という制約の中で誤摩化しの部分が多かったアニメよりも限り無く規制を緩くした実写版の方が勝ります。逃げ惑い食い尽くされる人間達の姿がまさに阿鼻叫喚の地獄絵図です。
でもこの映画ってPG12指定なんですよ。国民的人気漫画の夏の大作映画ということでより沢山の人間に見てほしいといった理由でPG12にしたのかもしれません。だから極端にグロいシーンはなかった。不快に感じる一歩手前の表現にしているようでした。
問題は巨人の造型でしょうか。フルCGではなく生身の人間に演技をさせています。監督いわく、電車の中で見知らぬ人間と体が当たったときに感じる不快感、その生理的嫌悪感を表現したくて生身の人間を採用したそうです。またそれを一層際立たせるために普通の人よりも特徴のある容姿の人間を採用したそうです。つまり変な人ということですね。しかし自分はその不快感を感じることができませんでした。その辺りに普通にいる変なおっさんおばさんとしか(笑)だから笑えて(笑)多分そのままの作りでコントが出来ると思います。江頭や安田大サーカスや志村けんの変なおじさんが巨人になって人間をおっかけてくる。まあだからこそ怖いと言えば怖いんですけど(笑)
笑いと狂気って意外と近いところがあるしね。Mr.ビーンとかピーウィーハーマンとかも怖いよ(笑)もしかしたら素人よりもお笑い芸人を採用したほうがよかったんじゃないの?彼らの方が恐怖を感じさせることが上手いと思う。
アナログの方向性にするならそっちも人形のストップモーションアニメで作ればいいのに。大型巨人はそうやって作られたそうです。昔作られた『アルゴの探検隊』の巨人の方がよっぽど怖いと思うんだけどな。あえて昔の特撮っぽくぎこちない動きにしてさ。監督がこの作品の前に庵野秀明と一緒に作った『巨神兵東京に現る』も巨神兵を人形で作ってましたよね。再び庵野秀明と組む『ゴジラ』でもその路線を通してほしいな。
しかしなんだかんだ言って、そこそこの頑張りは伝わってくるんですよ。限られた予算内で出来ることを精一杯やっている。
でも予算とは関係のない脚本が問題だらけで・・
正直これだけは取り上げたくなかったんですよ、脚本を担当した映画評論家の町山智浩さんは僕の好きな映画評論家ですから。
作る前から不安はあったんです。日本で一番有名な影響力のある映画評論家が映画の脚本を作ってもいいものかと。評論家って他人が作った映画を良くも悪くも評価する立場じゃないですか。本来なら好きに物事を言える立場じゃないんですよね、自分が良い映画を作れるわけじゃないし。まあどんなジャンルのものであれそれは同じことなんですけど。
そんな立場の人が映画の脚本を作るなんて無謀にもほどがある。失敗したら目も当てられない。今後の脚本生命に関わります。今後好きに他人の映画を評することができなくなるわけですから。
しかし雑誌では、それを覚悟で脚本を引き受けたと語っていました。やってみなければ分からない、行動しなければ成功する可能性はゼロであると。だから相当の決意で仕事をしていたことは確かでしょう。
ではなぜそんな危険なリスクを抱えてまで町山智浩さんに脚本を依頼したのか?ということです。脚本のプロはもっとたくさんいたはずです。
一つは、原作者が町山智浩さんのファンであったこと、そして映画が目指す方向性に町山智浩さんの映画知識が役立つのではないかということです。
古今東西の映画知識、とりわけ、モンスター映画やホラー映画といったジャンル映画に強い映画秘宝を創刊した町山さんなら進撃の巨人が求めるものを引き出すことができるのではないか、そう関係者は考えたのでしょう。
おそらくそれは合ってます。見る人が見れば作品に様々な映画からの引用があることに気がつくでしょう。
しかしです、残念ながらそのほとんどが一般の人に理解されないままになっている。
物語に、なぜその演出が必要なのか不明な点があるところもそれが理由だと考えられます。意味が分からないシーンが突発的に挿入されるのだ。だから全体的にまとまりの無いちぐはぐさを感じてしまう。
原作にはない新しいことをしようとした結果そうなってしまった。これには原作者の責任もあるでしょう。最初は原作に沿った脚本を書いていたんですがそれを見た原作者は原作とは違った内容にしてほしいと依頼したそうです。
そうして生まれたのが、あの意味の分からないシーンでつぎはぎにされた物語です。しかしそのくせ原作での一番の盛り上がりを映画に持ってくる。映画には度々そのようなシーンが見られます。それが映画の中途半端性をより際立たせている。そこに原作ファンは激怒したんでしょう。
原作通り、または原作っぽい要素があることが思い入れのあるファンは許せなかった。
自分が一番に感じたのはシキシマと呼ばれる兵士が登場したところです。静かでクールな物言いの最強の戦士、それがシキシマです。もうお分かりの人がいると思いますが、原作のリヴァイに位置するキャラがシキシマです。
これがまた中途半端なんです。まず見た目がまるで似ていない。で性格も微妙に違う。単なるかっこつけの嫌なキザ野郎なんです(笑)そんなキャラにリヴァイファンが許せるはずがない。名前を変えた理由もイマイチ納得できない。リヴァイという名前は世界観に合わないからだそうです。なら他の名前はいいのかとつっこみを入れるところですが、エレンやジャンなどは今でもキラキラネームがあるぐらいだからあってもおかしくはないだろうというのがそのまま採用した理由だそうです。それとリヴァイにそれほど差はないと思うんですが(笑)
意味不明なオリジナル要素と原作からの引用、そのごっちゃ感がどちら側にもつけずに余計混乱に陥らせる結果になってしまっています。
自分がここまで述べてきたものは現在炎上中の作品への評価のごく一部でしかありません。作品で描かれた地獄絵図以上の地獄絵図がレビューの中で展開されています(笑)
だから思うんですよ、余計な付加価値をつけようとするんではなくてオリジナル設定に忠実にするかもしくは完全に何から何まで変えてしまった方がよかったんではないかと。まあそれでも大きなリスクはつきまとうんですが。
本当に漫画の映画化は難しい。意識しないように見ようとしてもそれは無理な話しだし、制作者は制作者で二つの方向性のジレンマに悩まされてしまう。『るろうに剣心』だって手放しで誉められるものではなかった。
今思えば、当初予定されていた中島哲也監督の『進撃の巨人』を見てみたかったといった感じです。彼は現代の日本を舞台に映画を撮ることを考えていたそうです。そして彼の撮る映画ですから彼だけにしか撮れない超個性的な作品になっていたはず。絶賛されるか、あるいは今の進撃以上の問題作になっていたかもしれません。だが少なくとも自分は後者が見たい。


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ジャンル : 映画

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映画レビューから最新作の情報配信まで、映画に関する面白いことなら何でも書いちゃおうといったブログです。また映画フィギュアの紹介とそれを使ったコント劇も作っています。なぜか真面目な話が作れません(笑)と言うか、お笑いのほうが作ってて面白いし。
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