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町山智浩さんのこれからが心配です:『進撃の巨人』の感想

『進撃の巨人』が公開前からとんでもない騒動になってます。
海外でのプレミア上映の評判が良い。その後日本で行われた試写でもそれを見た観客の良い評価がツイッター上に次々と上がっていく。自分が見たものは脚本を担当した町山智浩さんがリツイートしたものばかりであるが。
あとあとの騒動を考えるとそれも必死のリツートだったのかな、と思えなくもないですけど。
町山智浩さんが作り編集長を務めた雑誌、映画批評に寄せられたコラムニスト達の論評も総じて高評価。だだ一人、現編集長だけは厳しい意見ではあったが。これも彼だからこそ言えたことなんでしょう。
しかしその流れは公開直前で変わる。その発端は映画評論家の前田有一の映画評でした。その内容はこの評論家らしくかなり辛辣なもので世間の評価とは全く反対のものでした。点数は100点満点中40点です。でもこの人の評論を見てたら分かると思いますが結構よくあることなんです。他の話題作であろうと容赦なく扱き下ろしますから。
自分も前田有一の評論をよく見ますけど実は的を得た内容のものが多いんです。しかしあまりにも配慮がなさすぎる。一般人が世間話で映画を語るのと一緒です。僕らだって好き勝手に酷いこと言うじゃないですか。それをプロがやってしまったらとんでもないことになってしまう。様々なメディアを通して多くの人間がその評論を読んだり見たり聞いたりするわけじゃないですか、その影響は相当にあると言えます。だから彼は業界関係者の敵が多い。映画会社や試写会場からの出入り禁止を食らっているそうです。
ある一つの映画ラジオ番組がありました。『アシッド映画館』という番組でその内容はまさに前田有一の評論スタイルと同じものでした。そして10年ばかり続いたその番組はある日突然終了することになります。はっきりした原因が告げられないまま。
それとほぼ同時にもう一つの番組が突然終了します。『サイキック青年団』という番組です。芸能、音楽、政治、スポーツ、映画や漫画やアニメといったサブカルチャーなど、取り上げるテーマは多岐に渡り、番組はそれらをマニアックでディープな視点で語るものでした。なにも恐れるものがないといった語り口で。それはもう、誰がホモだ誰がズラだと言いたい放題の番組だったんです。
『サイキック青年団』と『アシッド映画館』は姉妹番組として知られていました。両番組のパーソナリティ同士の親交は深く番組間での行き交いもありました。その二つの番組が同時に突然終了した。
様々な理由の憶測が飛び交っていますがそのほとんどが関係者の怒りに触れたといったものでした。それも相当な有力者からの。
映画評論家の前田有一はそのような業界で飯を食っているのです。書いてる内容は誉めたものではありませんが勇気だけは誉め称えてあげたい。
でその前田有一の評論に激怒したのが『進撃の巨人』の樋口シンジ監督だした。
「誰がこんなやつに試写状を送りやがった!送った宣伝担当の馬鹿野郎が!」
その発言が公開の前日です。
しかしそれは本人が意図してネットに公開したものではなく第三者の何者かが知人しか見る事が出来ないようになっている非公開の文章をコピーしてネットに流出させたものでした。つまりは、内部犯の色が濃い。
そしてこの発言が元になって炎上が始まるのです。
そのほとんどが監督への批難でした。そりょそうです、どんな人間であろうと見る権利だけはある、それをあの野郎呼ばわりです。しかも宣伝担当のことも汚い言葉で罵っている。これまで映画をヒットさせるために一生懸命に頑張ってきた宣伝の人にそんな言葉を言っちゃいけない。
だがその後状況が一変。実は招待状は送られてはなくて前田有一が何か特別な方法で試写会場に無断で侵入したか人からの見聞きで憶測で評論を書いているということが判明したのです。
完全に形勢逆転です。今度は前田有一に一斉に批難が集中します。
これが映画公開前日に起こった騒動です。どうですか?もうなんだか初めから仕組まれたようなシナリオ通りの劇的な騒動でしょう?いろいろと勘ぐってしまいます。
だが騒動はまだ終わらない。ここから本番なのです(笑)ここからが真の地獄が始まるのだ(笑)
ここから自分が見た映画の感想です。
自分は漫画とアニメを見ていた人間です。特にアニメにはハマりました。正直漫画は作者の漫画家としての技術的な力量不足のせいで首を傾げる部分が多々ありましたが、アニメはそれを補って、ドラマ、アクション、全ての演出において原作を上回るものでした。アニメだからこそ表現できる要素が多かったのも作品が成功した理由でしょう。そして音楽もとてもよかった。音楽が作品の面白さをさらに底上げした感じです。
アニメだからこそできた、これが『進撃の巨人』を評価するものならば、では実写版はどうなのか、それが自分にとっての評価の分かれ目になります。
例えば登場人物達が装着する立体機動装置です。装置から射出したワイヤーで空を飛んで巨人と戦うのが進撃のアクションです。ようはスパイダーマンと同じですね、スパイダーネットで空を縦横無尽に飛び回るアクション。
それを生身の人間がします。普通ならそんなアクションは考えられないわけですよ、物理的に不可能。でもアニメなら可能なわけです。スパイダーマン以上のアクション演出を見せることができる。それが手描きアニメの良さなんです。特に日本はそういった技術に長けていています。アニメ版の進撃の巨人はそれがとてもよく描けていた。
それと同じものを実写版に求めるのは不可能な話しです。いや同じ見せ方をしようと思えば可能だけど生身の人間がすると一層現実離れして逆に滑稽に見えてしまいます。やはりアニメだからこその映像表現です。
そうなると必然的に優劣が決まってしまう。
では作品の最大の特徴である巨人の表現はどうなのか。巨人に補食される恐怖や絶望をどこまで原作に迫れるのか。これに関しては、表現の規制という制約の中で誤摩化しの部分が多かったアニメよりも限り無く規制を緩くした実写版の方が勝ります。逃げ惑い食い尽くされる人間達の姿がまさに阿鼻叫喚の地獄絵図です。
でもこの映画ってPG12指定なんですよ。国民的人気漫画の夏の大作映画ということでより沢山の人間に見てほしいといった理由でPG12にしたのかもしれません。だから極端にグロいシーンはなかった。不快に感じる一歩手前の表現にしているようでした。
問題は巨人の造型でしょうか。フルCGではなく生身の人間に演技をさせています。監督いわく、電車の中で見知らぬ人間と体が当たったときに感じる不快感、その生理的嫌悪感を表現したくて生身の人間を採用したそうです。またそれを一層際立たせるために普通の人よりも特徴のある容姿の人間を採用したそうです。つまり変な人ということですね。しかし自分はその不快感を感じることができませんでした。その辺りに普通にいる変なおっさんおばさんとしか(笑)だから笑えて(笑)多分そのままの作りでコントが出来ると思います。江頭や安田大サーカスや志村けんの変なおじさんが巨人になって人間をおっかけてくる。まあだからこそ怖いと言えば怖いんですけど(笑)
笑いと狂気って意外と近いところがあるしね。Mr.ビーンとかピーウィーハーマンとかも怖いよ(笑)もしかしたら素人よりもお笑い芸人を採用したほうがよかったんじゃないの?彼らの方が恐怖を感じさせることが上手いと思う。
アナログの方向性にするならそっちも人形のストップモーションアニメで作ればいいのに。大型巨人はそうやって作られたそうです。昔作られた『アルゴの探検隊』の巨人の方がよっぽど怖いと思うんだけどな。あえて昔の特撮っぽくぎこちない動きにしてさ。監督がこの作品の前に庵野秀明と一緒に作った『巨神兵東京に現る』も巨神兵を人形で作ってましたよね。再び庵野秀明と組む『ゴジラ』でもその路線を通してほしいな。
しかしなんだかんだ言って、そこそこの頑張りは伝わってくるんですよ。限られた予算内で出来ることを精一杯やっている。
でも予算とは関係のない脚本が問題だらけで・・
正直これだけは取り上げたくなかったんですよ、脚本を担当した映画評論家の町山智浩さんは僕の好きな映画評論家ですから。
作る前から不安はあったんです。日本で一番有名な影響力のある映画評論家が映画の脚本を作ってもいいものかと。評論家って他人が作った映画を良くも悪くも評価する立場じゃないですか。本来なら好きに物事を言える立場じゃないんですよね、自分が良い映画を作れるわけじゃないし。まあどんなジャンルのものであれそれは同じことなんですけど。
そんな立場の人が映画の脚本を作るなんて無謀にもほどがある。失敗したら目も当てられない。今後の脚本生命に関わります。今後好きに他人の映画を評することができなくなるわけですから。
しかし雑誌では、それを覚悟で脚本を引き受けたと語っていました。やってみなければ分からない、行動しなければ成功する可能性はゼロであると。だから相当の決意で仕事をしていたことは確かでしょう。
ではなぜそんな危険なリスクを抱えてまで町山智浩さんに脚本を依頼したのか?ということです。脚本のプロはもっとたくさんいたはずです。
一つは、原作者が町山智浩さんのファンであったこと、そして映画が目指す方向性に町山智浩さんの映画知識が役立つのではないかということです。
古今東西の映画知識、とりわけ、モンスター映画やホラー映画といったジャンル映画に強い映画秘宝を創刊した町山さんなら進撃の巨人が求めるものを引き出すことができるのではないか、そう関係者は考えたのでしょう。
おそらくそれは合ってます。見る人が見れば作品に様々な映画からの引用があることに気がつくでしょう。
しかしです、残念ながらそのほとんどが一般の人に理解されないままになっている。
物語に、なぜその演出が必要なのか不明な点があるところもそれが理由だと考えられます。意味が分からないシーンが突発的に挿入されるのだ。だから全体的にまとまりの無いちぐはぐさを感じてしまう。
原作にはない新しいことをしようとした結果そうなってしまった。これには原作者の責任もあるでしょう。最初は原作に沿った脚本を書いていたんですがそれを見た原作者は原作とは違った内容にしてほしいと依頼したそうです。
そうして生まれたのが、あの意味の分からないシーンでつぎはぎにされた物語です。しかしそのくせ原作での一番の盛り上がりを映画に持ってくる。映画には度々そのようなシーンが見られます。それが映画の中途半端性をより際立たせている。そこに原作ファンは激怒したんでしょう。
原作通り、または原作っぽい要素があることが思い入れのあるファンは許せなかった。
自分が一番に感じたのはシキシマと呼ばれる兵士が登場したところです。静かでクールな物言いの最強の戦士、それがシキシマです。もうお分かりの人がいると思いますが、原作のリヴァイに位置するキャラがシキシマです。
これがまた中途半端なんです。まず見た目がまるで似ていない。で性格も微妙に違う。単なるかっこつけの嫌なキザ野郎なんです(笑)そんなキャラにリヴァイファンが許せるはずがない。名前を変えた理由もイマイチ納得できない。リヴァイという名前は世界観に合わないからだそうです。なら他の名前はいいのかとつっこみを入れるところですが、エレンやジャンなどは今でもキラキラネームがあるぐらいだからあってもおかしくはないだろうというのがそのまま採用した理由だそうです。それとリヴァイにそれほど差はないと思うんですが(笑)
意味不明なオリジナル要素と原作からの引用、そのごっちゃ感がどちら側にもつけずに余計混乱に陥らせる結果になってしまっています。
自分がここまで述べてきたものは現在炎上中の作品への評価のごく一部でしかありません。作品で描かれた地獄絵図以上の地獄絵図がレビューの中で展開されています(笑)
だから思うんですよ、余計な付加価値をつけようとするんではなくてオリジナル設定に忠実にするかもしくは完全に何から何まで変えてしまった方がよかったんではないかと。まあそれでも大きなリスクはつきまとうんですが。
本当に漫画の映画化は難しい。意識しないように見ようとしてもそれは無理な話しだし、制作者は制作者で二つの方向性のジレンマに悩まされてしまう。『るろうに剣心』だって手放しで誉められるものではなかった。
今思えば、当初予定されていた中島哲也監督の『進撃の巨人』を見てみたかったといった感じです。彼は現代の日本を舞台に映画を撮ることを考えていたそうです。そして彼の撮る映画ですから彼だけにしか撮れない超個性的な作品になっていたはず。絶賛されるか、あるいは今の進撃以上の問題作になっていたかもしれません。だが少なくとも自分は後者が見たい。


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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

漫画、アニメ、映画、それぞれに良さがある:『寄生獣』

菊池凛子が結婚してしまった・・・・
いや、特に彼女が好きというわけじゃないですよ、おっぱいが大きいですけどね(笑)
そうですね、僕が彼女のおっぱいに夢中になったのは『パシフィク・リム』のマコからなんですよ。イェーガーに乗る適正資格を見るために格闘訓練をする場面があるじゃないですか。同じパイロットのローリーと手合わせをする場面。そこでの彼女の服装がこれまたエロくて、薄手のタンクトップと大きく突き出した胸が私の妄想を酷く刺激した。
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また、イェーガーに乗る女性パイロットの戦闘服がまたまたエロくて、エヴァンゲリオンのプラグスーツを彷彿とさせます。特に女性が着たプラグスーツは絶品である。ちなみに綾波レイ派です。
そんなわけであるので、菊池凛子が出演した『バベル』で大興奮したのは言うまでもない。幸いにも、『パシフィック・リム』のあとに映画の存在を知ったので、その興奮たるや、言葉では言い尽くせないほどであった。
そのおっぱいが結婚した・・いや菊池凛子が結婚した。あのおっぱいが他の男のものになってしまったのだ。
染谷祥太(そめたにしょうた)。おっぱいを手に入れた男。
知らん。邦画には疎いんで全然知らん。と思ってちょっと調べてみたら『永遠の0』に出演していたことが分かった。邦画に疎い自分でもあの映画は知ってるぞ。確かに良い映画だった。過去のレビュー記事でも絶賛しています。
特攻で死んだ岡田准一君の代わりに彼の妻と結婚するラッキーな役。彼女が井上真央みたいな美人でよかったよな、なんて言いながら、その場面だけ納得できなかったことを覚えています。
あとは『TOKYO TRIBE』のラッパー。役も腹立つが、そもそも映画自体が気に食わない。だから語るのは論外。
つまりは、自分が知る限りの彼の出演作で良い印象があるものは一つもないというわけだ。そんな男におっぱい、菊池凛子が取られたのだ。
しかも菊池凛子が33歳で染谷将太は22歳。大人のテクニックで盛りの付いた若者は天にも昇る気持ちよさであろう。フライデーでも路上ベロチュウ写真が撮られている。路上でこれである。
そんな彼の最新作が『寄生獣』です。
二十数年前、夢中になって読んでいた連載漫画がこれです。漫画は完結から数十年の時を経てもなお、漫画史に残る名作と語り継がれています。
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ジェームズ・キャメロンが絶賛し一度はハリウッドに映画化の権利が渡るものの、しかし当時の技術ではビジュアル面での再現が難しかったのか結局は時間の流れと共に企画の案は風化していった。
そして生まれ故郷に戻ってきた。やはり日本にこそずっと漫画を愛し続ける人間がいたのだ。技術もようやく追いついた。
テーマも今の時代だからこ鮮明に浮き彫りになる。
資源を食いつくし死の争いを絶え間なく続ける人類という種ほど愚かな生き物はない。そこに人類を補食する新たな種が現れる。しかし彼らは生存本能に従って補食しているにすぎない。善悪の倫理観は存在しないのだ。ただ情報を理解する知性は併せ持っている。感情論に左右されることなく与えられ知り得た情報だけで行動をするのだ。するとどうだろう、彼らの存在によって人類こそが諸悪の根源であるのが分かり始めるのだ。
コンピュータが人類に戦争をしかけてくる物語が作られるのはこのパターンが多い。やはり人工知能が作られるのは色々と問題が多いような気がします。
このように、人間の存在意味と人の命の価値を、今一度見つめ直すきっかけを与えてくれるのがこの『寄生獣』です。
またそれだけではなく、アクションだってとても見応えがあります。人間と寄生獣との戦いには興奮を味わうことができるでしょう。
これだけ広げた壮大なテーマを誰もが納得できる形で完結させたところも見事でした。それが今も傑作と言われている所以でもあるんです。
そんな高い高いハードルの映画化の主役に染谷将太が選ばれた。
現在アニメ版が放送されているのをご存知ですか。放送前は、今風のキャラクターデザインへの変更なのでとやかくと悪く言われたもんですが、でも放送が始まるとそれも危惧に終わり原作に忠実な展開にその後は評価が上がりました。すると今度の標的にされたのは実写版です。まずは前編後編でまとめるには無理がある。その点アニメは24話ですから余裕があります。
あとは主人公の新一に寄生したミギーの声。アニメは声優の平野綾さんが演じています。これも放送前は女性が演じるとあってイメージが違うと散々な言われようでしたが、でも放送が始まるとこれも意見がガラリと変わりました。実写版の標的になったのはここでした。声が阿部サダオさんなんです。聞いた印象としては、軽い、その一言につきます。そんなこんなで、原作版信者と意外なほど高評価だったアニメのせいで実写版は全ての悪いイメージを背負わされてしまったんです。加えて染谷将太が新一を演じることに・・・これは個人的にですが。
そんな理由もあって、映画は公開されてからだいぶ後になってからの鑑賞になりました。
結論から言います。
面白い!めちゃくちゃよく出来てました。
短い時間内に収めるために省いた話しや変えた設定がありますがそれをほとんど感じなかったです。というより逆に新鮮な目で見る事ができました。はっき言って原作から変えられた部分が多いです。物語は同じでも、シーンや台詞やキャラクター設定を大幅に変えています。
しかしそれには意味があって、キャラクターの関係性や演出をよりドラマチックにみせるための映画的な演出と自分は受け止めました。それが嘘ではないように、確実に原作よりも胸をうつシーンがありました。音楽も良いですね、迫力のあるスコアでこれもドラマチックな演出を成す要因の一つになっています。
あとは時代に合わせて設定を現代的にしているところでしょうか。そこはアニメ版と共通するところです。漫画が発刊されたのは二十年以上も前ですが、それでもお世辞にもキャラクターが洗練されているとは言い難い。これは作者が持っている知識や趣味の問題ですが、一言でいうとダサいんです(笑)それとは違って映画やアニメでは男も女もかっこよく可愛くなってます。まあ原作の新一もかっこいいですけどね。
阿部サダオさんの声もアニメや原作にはない愛嬌があります。実はミギーは愛されキャラでもあるんです。フィギュアも出てることでし(笑)
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またアニメにはなくて映画で再現されてるものといえば、寄生生物に惨殺される人間の描写です。映画版は容赦なく見せてます。人間が生きた魚を平気でさばいて人前に見せるように寄生生物も同じ感覚で人間を食い散らかしますからね。それこそが物語の根幹にあるものなんだから見せるのは当たり前というべきです。
ただ最後の戦闘場面に少し違和感がありました。演出過多になりすぎて戦闘ヒーローアクションみたいになってしまっていた。でも漫画も後半からは戦闘アクションが多くなっていくんでそれくらいでいいのかな?なら映画版の後編にも期待できそうです。最強の寄生生物、後藤を演じる浅野忠信と新一との戦いが今から楽しみです。
あとは染谷将太の芝居。彼の演技も映画をドラマチックにみせるために一役買っています。とくにある場面での泣の芝居が絶品。しょうがない、菊池凛子のおっぱいは君にあげるよ(笑)
漫画の実写映画は失敗がつきものと言われますが、本気になればここまでできるんですね。やっぱり映画は総合芸術の極めなんだと改めて実感した次第です。
デビルマンを再映画化してくれ(笑)
でも願わくば、もし漫画を見た事が無い人がいましたらそちらを見てもらいたい。やはり深く心に刺さり残るものは漫画です。
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ラップは好きですか?:『TOKYO TRIBE』

昨日放送された『SMAP×SMAP』のビストロ スマップのゲストは、現在公開中の映画『TOKYO TRIBE』から、園子温監督と主演の鈴木亮平さんでした。
園子温監督作品のファンでありますから当然初日に見に行きましたよ。でも公開されたのは3週間前、普段ならその日か翌日にレビューを書くところですが、今こうして書いてるところであります。
いやね、実のところ書かない気でいたんですよ。こう書くと、すでにその理由に気づいている人もいるとは思いますが。
まず始めに言っておきたいのは、前作の『地獄でなぜ悪い』は非常に面白かった、そして監督の『愛のむきだし』と『冷たい熱帯魚』は凄く好きな作品である、ということです。
内容はと言えば、そのどれもが基地外じみててアンモラルな話です。エロやグロも規格外の凄まじさ。直視できない映像がたくさんあるし普通の思考では理解できないのがこの監督の作品の特徴です。
詳しく知りたいかたは各々の責任でどうぞ。
でも『愛のむきだし』は一般にもおすすめですよ。パンチラを盗撮することに生き甲斐を得た青年がある日一人の少女に出会い真実の愛を知る、といった物語。その後少女は新興宗教に洗脳され青年は命をかけて彼女を救おうとする。
どうです、まともそうでしょ?え、ちっとも分からん?・・・う〜ん、じゃ主演の満島ひかりがこれでもかと盛大にパンチラを見せてくれるのでおすすめですよ。これではどうですか?見たい気になったでしょ?


ま、まあすなわちですね、この監督の作品は見なけりゃ分からんということです。この監督の作品ほど言葉で説明しにくいものはない。あとは感性の問題。はまれば面白い。
そうそう、実はけっこう笑える映画でもあるのでそこに注目するもよしです。




でもねえ、新作の『TOKYO TRIBE』にはまったくはまれなかった。
原作は漫画で、若者のあいだでは非常に人気の高い漫画だと聞きます。特にお洒落なストリート系ファッション?を好むような若者に人気があるのかな?
物語は、ストリートギャングの集団が勢力争いをしている未来の東京が舞台です。それぞれの組織がかなりの大きさと力を持っていて政界をも思いのままにできるらしい。その中でも一番に力を持つのが、竹内力がボスを演じる組織です。
多分このままの話なら見れないことはないんです。街もブレード・ランナーに出てくるような退廃した近未来都市といった感じだし。混沌とした様子が映像から感じられます。漫画もそんな感じの描写でアクションものとして面白いんでしょう。
園子温監督は最初戸惑ったそうです。登場人物達はみなヒップホップなスタイルをしていて、こういった今時のファッションスタイルは自分とはかけ離れているのでどう撮っていいのか分からないと。
しかしアイデアが閃きます。そうだ、ストリートギャングが出る話だ、ならラップだと。全員にラップを歌わせたらいいんだと。
そんなわけで、世界初のラップミュージカルアクションが誕生したのでした。
登場人物達の台詞はほぼすべてがラップです。日常会話もアクションもすべてラップ。曲も、ズンドコドコと低音が効いた音で、そのせいで何を歌ってるのか歌詞が聞きづらかったりするので画面には歌詞の字幕が付きます。
これ、これなんですよ。自分はラップにまったく興味がないんです、むしろ苦手と言っていいかも。しかもそれを歌ってるのが、ダボダボの服を着てジャラジャラとアクセサリーを付けたチンピラ集団。この二大苦手要素のせいで映画がまったく面白くなかった。
自分のとなりの席には、おそらく漫画ファンであろう中学生か高校生二人組が来てましたが、彼らも下を向いたり身じろぎしたりで苦痛そうでしたもん。彼らは純粋にアクション映画を期待してたんでしょう。俺もそうだった。本当に早く映画が終わってほしかったし、途中で劇場から退散したかった。実際、10人ほど退散してましたけど(笑)それも慌てるように。よっぽど腹に据えかねたんでしょうね。
確かにいつもの園子温ワールドもありましたよ、だがウザいラップが気になってそれどころではありませんでした。
ラップをどれぐらい許容できるか、この映画を楽しめる度合いはこれにあるでしょうね。自分は無理でした。唯一我慢して見れたのは、竹内力の怪演でしょうか。人間止めてます(笑)それと謎の美少女を演じた清野菜名が良い!満島ひかり以上の豪快パンチラ祭りです!それにフルヌードも見せてくれる!可愛いし。なんという女優根性。この映画はそこに価値ありです。オチは良かったな。予告の最後で言ってますけど(笑)結局戦う理由はそれかよっていう(笑)
あ忘れてた。主演の鈴木亮平ですが、彼もひもパン一丁で怪演をしてます。朝のNHK連ドラファンには卒倒もんですが(笑)
でも同じ変態なら別で主演した『変態仮面』のほうがずっと面白かったな。彼の生涯の代表作になるでしょう(笑)


 

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前編は良かったのに・・:『るろうに剣心 伝説の最後編』

以前に書いた『るろうに剣心 京都大火編』のレビューの中で自分はこう書き綴っています。
「伝説の最後編は更に見応えのある内容になるに違いない、剣心達の前に強敵となる10本刀が立ちふさがるのだから」と
原作では、特殊能力を持った10本刀達と剣心と仲間達との激しい戦いが描かれます。
また10本刀達のそれぞれの過去が描かれ、この戦いが単純な善悪の戦いではないことが語られるのです。
ある者は愛する者の命を奪われ、ある者は虐げられ、ほとんどのものがなにかしらの辛い過去を背負っています。
そんな彼らが志々雄真実に出会い、復讐のため、生きる価値を与えられ、ある者は欲望を満たすため、志々雄の下に集結して計画の妨げになる剣心達を討ち滅ぼそうとする。
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志々雄にしてもそうですよね。新時代到来のためにと要人暗殺を政府の依頼で請け負ってきたのに、用が済めば生きていては困るといった理由で使い捨てにされる。
その仕打ちは、刀によるめった刺しと火あぶりという、残虐で凄惨なものでした。そりゃあれだけのことされたら恨みますって。罪のない人間を巻き込むことは許されないけど、政府転覆という目的には賛同する気持ちもあります。
それに劇中に出てくる明治政府の役人たちのほとんどがクズばっかりだし。伝説の最後編なんてほんと酷いからね。剣心たちでさえ裏切っちゃいますから。あれだけのことをしておいて、ラストの手のひら返しには本当に呆れてしまいました。本来なら感動する場面なんだけど到底無理です。多分作ってる側はそういった意図で作ってるんだろうけど、まったく意図が伝わりません。
実は今回の2章は、そんなだだ滑りなシーンが連発なんです。念のために言っておきますけど、漫画版では一切ありません。今回の2章は原作を大幅に変えてありますので、だから前記のようなおかしなシーンが頻発する作品になってしまったんでしょう。
しかし分からないでもない。いかんせん上映時間が短すぎる。この変更は、原作を時間内に再現するのは不可能と判断したからでしょう。。肝心の10本刀の話なんて到底不可能です。
その割には前編で期待させる登場のしかたをしてるんですよね。原作を知ってる人間にとっては落胆もいいとこだけど、おそらく原作を知らない人でも違和感を感じたんではなかろうか。
本当に最後の最後に出てきて戦うだけですからね。しかも超弱くて一瞬でやられてしまう。前編では宗次郎と張が出てきました。特に原作の宗次郎は剣心よりも人気のあるキャラクターで、映画でも前編に続き多く登場するかと思いきや、彼も最後まで一切出てきませんでした。
この後編は10本刀の存在が空気同然なんです。いる必要性がまったくない。
彼らの姿をみれば分かると思いますが、みな奇抜で変わった出で立ちですよね。なぜなら彼らは、ハリウッドのスーパーヒーロー映画で言うところの悪役だからです。出てくる敵はみな特殊能力を持っていて変わったコスチュームを着てるじゃないですか。原作者のアメコミ好きは有名な話で彼は漫画にもそのアイデアを引用しています。当然『るろうに剣心』にも。
伝説1

だから、最後にその変な格好をした敵が突然登場するのもおかしな話なんです。そのキャラの特性やバックボーンが分かって初めて、あの変な出で立ちに納得できる。
目隠しして亀の甲羅を盾にして戦うやつとか、そんなもん説明もなしに唐突に出てきたら変でしょ(笑)
お経を唱えながら戦うガタイの良い坊さんとか、それも変(笑)
女子高生がその現場でそいつらと遭遇したら「うっわ、きも」の一言で勝負がついてしまうぞ(笑)
まあ例え変な人達だとしてもだ、しかし10人いた敵が5人ぐらいしか確認できなかったのはどういうことだ?
あの美人おかまで有名な鎌足ちゃんはいったいいずこへ?一言も声を聞いてないし姿も見てないんだけど。
全員いたけど見えなかったのか?なんと言う空気(笑)
志々雄も疑問に思った人が多いはずです。なんで彼の刀からは炎が出るんだ?と。原作にはあった説明が映画には一切ありませんからね。
実はこの後編では、剣心の師匠と剣心の絡みには非常に長い時間を割り当てています。それを最小限にしとけば少しはまともになっていたかもしれない。
でもそれは無理な話なんです。なぜかというと、師匠役を福山雅治が演じているからです。はっきり言って、後編の見せ場はすべて福山が持っていってます。『るろうに福山』と言ってもいいかっこよさです(笑)
伝説a

ええい、こんな不自然だらけの映画でも、主人公が活躍してかっこよければそれでいいんだ。
と思うじゃないですか、でもそれも(笑)
なぜいけないのか。それはですね、志々雄に向かって剣心と彼の仲間達が4人がかりで一斉に襲おうとするからです。
1対4、これは卑怯すぎる。ちなみに原作でもこれはなし。複数が加わっても、あくまでも1対1の戦い。無様な戦いにもほどがある。
伝説b

でも志々雄にあっという間に負けちゃうんですよ、もう本当に無様。この後編では主人公側にまるで感情移入ができないんですよ。
結論から言うと、志々雄の強さと彼を演じた藤原竜也の演技に圧倒された映画でした。
強いヒールはかっこいい存在であるのが常である。それを描ききっただけでも評価するべき作品でしょうか。
最後の剣心の台詞も赤面ものの恥ずかしさなのであった。で、そのままエンドロール(笑)

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藤原竜也の芝居は癖になる(笑):『るろうに剣心 京都大火編』

『るろうに剣心』の原作コミックには多くの敵キャラクターが登場します。そして彼らの姿形、使う技はどれも人間の常規を逸しています。
どう見てもクリーチャー的な見た目や物理法則を無視した必殺技が次々と出てくるのです。
剣1

まあ少年ジャンプに掲載されてたぐらいですから、バトル漫画の宿命と言うことで、戦いを面白く見せるためにはそういった展開にしなければいけないと言うわけです。おまけに少年漫画は読者のハガキ投票によって人気ランキングが決められ、ランキングが低ければ即刻打ち切りになります。漫画業界はそんな非情な世界なんです。
そこで『るろうに剣心』の作者である和月伸宏が考えたのが、自分の好きなアメコミヒーローを漫画に取り入れることでした。そうして連載が始まったのが『るろうに剣心』です。
じつは彼の描く漫画のキャラクターデザインや必殺技は既存のアメコミキャラクターをベースにしているものがほとんどです。
はっきり言って、主人公の剣心だってその類いと言えるでしょう。原作者の中ではダークヒーローと捉えているはずです。
新しい時代を作る維新のためにと、その障害となる幕府の人間を命令により次々と暗殺し、その後、殺さずの誓いを立て、るろうにの身となって弱き者の味方になった剣心はまさにダークヒーローです。そしてずっと過去の罪に苛まれ続けます。
剣e

自身のアイデンティティに悩み苦しむ姿を見せるのが現在のヒーローです。『ダークナイト』のバットマンがそうですよね。最近公開された『マン・オブ・スティール』のスーパーマンもそう。剣心も彼らと同じように悩むヒーローなんです。でも剣心の場合はどのヒーローよりも過酷で残酷な宿命を背をわされている。バットマン達は無実の人間を殺めてませんし。こういった贖罪の物語は日本独特のものだと思います。またそれが人間ドラマに深み与えている。日本の作品はこういった精神世界を描く事に秀でていますよね。
実写版が優れたものになったのはそういった要素があったからです。
実写映画は原作が持っている派手なコミック的表現をあえて切り離して物語の根底にある残酷な宿命にスポットを当てたんです。これならば別に漫画調でなくても一つの映画として立派に成立する。また、監督に起用されたのが、NHKの大河ドラマを撮ってきた人と言うのもプラスに働いた。原作の優れた人間ドラマをリアリティを持って映像化してくれるのですから。だから完成したものは非情に重厚なものになった。少なくとも自分はそう評価します。
しかしだからと言って、それだけじゃ映画として見応えに欠けます。映画はアクションエンターテイメントなんですから。
そこはアクション監督の見せ所です。これがなかなか頑張っている。漫画やアニメのスピード感を、ワイヤーアクションや殺陣に拳法を取り入れることで再現を試みている。まあ完全にとは言えませんが。その計算ミスであの悪名高い、斉藤一のふんわり牙突が出来てしまったんですから(笑)
剣6

原作のような突拍子もない技やキャラクターは登場しないけど、現実味のあるかっこいいアクションはかなり見応えありです。
そしてここからが本題。これら要素が続編ではどのように進化をはたしているのか。
のっけから言うと、相当進化しています。それも当然です、なにせ今回の剣心は今まで以上に自分の運命と対峙することになるのですから。
人切りを止めた後、彼に代わって維新政府の暗殺者になったのが志々雄真実(ししおまこと)です。
剣c

しかし彼は表に出てはならない事実を知っているがために政府に裏切られ殺されかけます。
そして、死人同然のなか生き返った志々雄は復讐のため明治政府の転覆を計る。
彼はその見せしめとして多くの罪なき人達を惨殺して行きます。その暴走を止めるために剣心が動くのです。
その全ての原因の元は剣心でした、彼が人切りを止めた瞬間から悪魔が目覚めてしまったのだ。
また、四乃森蒼紫(しのもりあおし)と言う人間が登場します。
剣d

彼はかつて幕府の隠密を司る京都御庭番衆のリーダーでしたが、幕府崩壊後、新政府によって処刑される仲間達を見ることで修羅に身を落とし、その矛先は、幕府転覆の一番の協力者であった剣心へと向けられるのでした。そして蒼紫は残された仲間達の元を去り旅立ちます。
これも元をたどれば剣心のせい。
だから今回の続編は今までよりも暗く重いものになっています。だがそれが良い。前編と後編とに分けて公開される本作では、前編で、それぞれのキャラクターが背負った呪われた宿命と、それに従い抗わんとするの者達の想いを丹念に描写することで見応えのあるドラマを実現しています。
そして本当の新価が問われるのは後編でしょう。特殊能力を持った10人の敵、10本刀と剣心達との戦いが遂に幕を開くのですから。そして志々雄との最後の一騎打ちが待っている。
これこそが原作の見所であり、しかし先に説明したように、アメコミキャラ色を前面に出した敵と剣心との戦いを描く事は至難の技です、下手をすればあの牙突の二の舞にもなりかねない、ことは前作のアクション演出程度じゃすまされないのだ、それ以上のものを確実に要求されるでしょう。
それさえ完璧であれば、もうなにも言うことはありません、名作となりえるでしょう。
待望の続編は一ヶ月後の9月から。かなり早い公開に、テンションを維持したまま望めそうです。
でもこれは言いたい。
操ちゃんが、あの可愛い操ちゃんがなあ・・・ぷくぷくまんじゅうみたいになって・・涙
剣b

あ、それと、志々雄を演じる藤原竜也が思った以上に良かったです。彼のあの独特の芝居は情念や怨念めいた台詞に力を発揮します。だから志々雄にぴったり(笑)
斉藤の牙突は・・・後編まで持ち越しです。残念(笑)

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映画レビューから最新作の情報配信まで、映画に関する面白いことなら何でも書いちゃおうといったブログです。また映画フィギュアの紹介とそれを使ったコント劇も作っています。なぜか真面目な話が作れません(笑)と言うか、お笑いのほうが作ってて面白いし。
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